「積極性」という評価への違和感

スポーツ?教育
櫛部静二

まずは自身のストロングポイントを知ることが重要

トラックの国際大会やマラソンのテレビ中継を見ていて気になるフレーズがあります。それは「積極性」という言葉です。集団の先頭を走ったり、ときにそこから抜け出した選手にかけられるもので、基本的にはポジティブな意味合いで使われています。しかし私はそれを聞く度に違和感を持ってしまいます。

陸上長距離ではフィジカル面の視点だけで言えば、そのレースに合わせた特異的な要素をいかに準備できるかでレースの結果、勝敗が決まると私は考えています。その要素とは走運動に必要な先天的なあらゆる能力をベースとし、中でも特に重要なものとして呼吸循環機能や筋の酸化能力などが挙げられます。

例えば、男子5000mの世界大会予選では13分10秒から20秒のレースを進められるスピード持久力と、決勝に進む着順を取れるだけのラストのスプリント力(ラスト400mを52秒から55秒程度でカバーできる能力)などになりますし、男子マラソンの国内レースで言えば、1キロ3分からそれを数秒切るペースを維持できる持久力がそれにあたります。

まずは自身のストロングポイントを知ることが重要

単独走では鉄の心を!

それ相当の力量があることを前提としてレースに臨みますが、特別な戦略なく前を引くのは、風の抵抗を受けることになりますし、ペース管理を自分で行う思考で脳のエネルギー消耗が進みます。余力がある間はいいですが、エネルギーが少なくなり、背後の選手たちの動きにも神経を尖らせれば、その消費は余計に進みます。ましてやスピードランナー、スプリント力のあるランナーからマークされていることに気がつけば、フィニッシュを前に「このまま勝てるのか」と不安な気持ちが増大していくはずです。こうした状況は着実に「準備してきた力」を削いでいきます。

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単独走では鉄の心を!

代表選考レースであれば、より勝つための戦略が重要に

通常のマラソンレースでペースメーカーがいると好記録が期待できる意味を逆に考えれば、自身が先頭でペースを刻むことがいかにパフォーマンス低下につながるか理解できるはずです。これはマラソンだけでなく、トラックでも同じことが言えます。最近ではペーシングライトによる誘導が省エネを促して記録向上につながるため、多くの記録会で利用されるようになりました。そうしたものがない、駆け引きやペース変動がより大きい選手権クラスのトラックレースで自分から仕掛けて動くことはペースの上げ下げが生まれ、インターバルトレーニングをしているのと同じ状況になります。シビアな見方をすれば、これまでの競技会や科学的知見からも現在の日本人選手はアフリカ勢と持っている能力で負けていることは否定できません。そこで勝ち残るためには、できるだけロスの少ない走り(=準備してきた力を最大限発揮できる走り)をしなければならないことは自明なことだと私は思うのです。

以上のことから、陸上長距離において「積極性」は褒め言葉にならないというのが私の持論です。

代表選考レースであれば、
より勝つための戦略が重要になる
(ユニバーシティーゲームズ10000m選考レース)

ファルトレクでペース配分をコントロールする能力を

なぜ積極性という言葉がポジティブに使われるようになったのでしょうか。私は駅伝にルーツにあるのではと考えています。そもそも駅伝は勝負であると同時に、持久力を養うためのトレーニングの場として利用されており、前半に突っ込む(ハイペースでいく)選手へ、自ら強度を高めるレース(トレーニング)を選んだことに指導者やメディアから称賛の声が上がっていました。そしてそうした「積極的な選手」が後の他のレースで好成績が出せたケースが数多く見られたための名残りではないかと思います。箱根駅伝のはじまりは世界で戦うためのトレーニングとして考案された背景もあります。今の箱根駅伝はレースに勝利することが最大の目標になっていますので、トレーニングとしての駅伝とは言えませんが、往路では前半から突っ込む場面は多々あります。これは心理的な駆け引きを含む戦略的な理由によるものです。

駅伝と同様にファルトレクはリード選手が主導権を握り、ペース配分をコントロールする能力が養える

自信を持ってスタートにつくために

話を戻します。レースにおいて、集団から一気に先頭に出てリードして、後半に失速した選手はレース後、必ずといっていいほど「いけると思った」「我慢できずに前に出てしまった」と言ってうなだれます。私は日常的に学生指導の場面で「レース前に立てたプランからかけ離れたことをしているようでは、望んだ結果を手にできない」という話をしますが、我慢できない選手はそれでも飛び出してしまうのです。

前に出る理由として、ペースが遅すぎる、足が前の選手に当たって走りずらいなどの理由もあるでしょう。しかしそれはそもそもそうした想定をしていないからという見方もできます。たとえ予想以上にペースが遅くてもセルフコントロールによって力を抜いて冷静に対応すればいいのです。そうした「対応力」も長距離選手がパフォーマンスを発揮する上で、重要な要素なのだと選手には伝えるようにしています。

かつて日本男子マラソン界には15戦10勝という信じられない勝率を誇ったランナーがいました。その選手は高校時代まで中距離を専門としていたこともあり、世界のマラソンランナーの中でも屈指のスプリント力を持っていました。その武器を生かすべく、レース終盤まで絶対に前に出ない戦略を取り、最後、競技場に入ってきてからのラストスパートで勝利を積み重ねました。お気付きの通り、それは私のコーチでもあった瀬古利彦さんです。レース中に無駄なエネルギーを使わず、勝負に徹する戦い方の最高の例と言えるでしょう。

レースで結果を残すためには綿密な計画と準備、そして自分の持っている力をいかにして最大限に発揮するかという戦略、そしてそれを遂行するメンタリティが必要です。そのうえで前を出るのが得策と判断すれば、それも一案ですが、エネルギー消費の観点から言うと、成功しないことがほとんどです。圧倒的な力の差がない限り、ペースメーカーのいないマラソンやトラックでレースの前半で先頭に抜け出した選手がそのまま勝つパターンが殆どないことがそれを証明しています。

もちろん 勝負に勝つ選手は 必ずどこかのタイミングで 先頭に立ちスパートをしなくてはなりません。 それは どのタイミングがベストなのか想定して臨むべきです。少なくとも力が拮抗しているグループの競走では、ある程度の人数が絞られるまで待つ必要があります。たとえスプリント力に自信が無くても種目距離の60%より以前のスパートはすべきではないと考えています。 

レースの目的は「積極性があった」と評価されることではなく、求めている結果を出すことです。積極性という言葉に惑わされないことが、選手にも応援してくれるファンの皆さんにも必要ではないでしょうか。

自信を持ってスタートにつくために

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この記事を書いた人

櫛部静二

  • 修士(体育学) ( 2004年03月 ? 日本体育大学 )
  • 研究分野:ライフサイエンス / スポーツ科学
  • 城西大学 経営学部 マネジメント総合学科(准教授2010年05月?-?現在)
  • 城西大学男子駅伝部監督

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